大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)30号 判決

控訴人 林正之助

右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

被控訴人 日本証券株式会社

右訴訟代理人弁護士 竹田準二郎

右訴訟復代理人弁護士 滝本文也

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、控訴人がもと訴外吉本興業株式会社の代表取締役であり、訴外大原康正が同会社の経理部長であったこと、被控訴人が証券会社であり、訴外藤森正治がその外務社員であったこと、および真実の借主と担保提供者が誰であるかの点はさておき、昭和三四年八月二二日被控訴人の関与のもとに、当時右藤森が訴外大阪証券代行株式会社にもっていた「顧客融資」の口座を用いて、証券代行から借主を藤森正治名義とする顧客融資がなされ、同日その担保として吉本興業の株式一七万株(額面株式、一株の金額金二〇円)が、昭和三五年七月八日増担保として同二万五、〇〇〇株が、いずれも被控訴人を通じて担保提供者藤森正治の名義のもとに、証券代行に交付されたこと、ならびに藤森正治の右融資口座は、その後大原康正、次いで控訴人の名義に順次口座残高が移され(それが名義書換か、旧契約の解約と新契約の締結かの点はしばらく措く)、大原康正に移されたときの担保株式の残高は一一万五、〇〇〇株のみで、残りの八万株はそれまでに(具体的な内訳株数、返還日時の点はしばらく措く)藤森が返還を受けていたこと、右一一万五、〇〇〇株は控訴人が昭和三九年四月一三日に返還を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、控訴人は、前記吉本興業の株式一九万五、〇〇〇株は、控訴人が、前記大原を代理人として、被控訴人に対し証券代行からの顧客融資を受けることを委任し、その担保または増担保とする目的で被控訴人に預けた控訴人所有の株式であり、証券代行からの借受けと担保提供に際して使用された藤森正治なる名義は、単に形式上のもので、そのことは被控訴人も了知承認していた旨を主張するのに対し、被控訴人は、本件顧客融資は、大原から依頼を受けた藤森が借主となって被控訴人を通じて借受けたものであり、担保株式も藤森が被控訴人に預けたもので、控訴人(ないし吉本興業)が預けた事実はないと抗争するので、まずこの点について判断するに、〈証拠〉を綜合すると、訴外大原康正は、吉本興業の取締役経理部長として、同会社の資金繰りに関与し、同会社を代理して金員の借受をなし、その借受事務の処理についての一切の権限、即ち、必要なときは、他人名義で借受けたり、その他人に借受事務を代理させるための復代理人を選任する権限をも与えられ(もっとも事後において代表者に報告し、了承を求めるのを常とした)、また控訴人一族と吉本家一族から、その所有にかかる同会社株式の保管管理を委ねられて、同会社のための金員借受に際し、これを担保として貸主に提供する代理権を与えられていたこと、昭和三四年八月二二日ごろ、大原は、それまでにも個人的に株式の売買を依頼したり、吉本興業のために融資の斡旋を受けるなどして親しく交わっていた藤森正治に対し、吉本興業の株式を担保として、吉本興業のために融資を受ける方途を相談し、証券代行から顧客融資を受けることにしたが、証券業者の顧客でなければ顧客融資を受けることができず、吉本興業は法人であるために支障があり、控訴人や大原の名義でも早急な融資を受けるのが困難なため、かねて藤森が証券代行に対して有し、使用していた同人名義の融資口座を利用し、同人の取引名義のうちで金五〇〇万円の顧客融資を受けることに話がまとまり、被控訴人の了承もえたうえ、大原は、藤森から被控訴人作成の「吉本興業株式会社取締役大原康正」宛の預り証(甲第一号証)を受取るのと引換えに、保管中の吉本興業の株式一七万株を藤森に交付し、藤森は右株式を被控訴人に交付して、これを担保に証券代行から金五〇〇万円の顧客融資を前記藤森の融資口座によって受けることを依頼し、その結果として本件顧客融資がなされ、被控訴人は証券代行から受領した融資金五〇〇万円を藤森に交付し、藤森がこれをさらに大原に交付したものであること、二万五、〇〇〇株の増担保も、大原が保管中の株券を藤森に交付し、藤森がこれを被控訴人に交付して、証券代行に増担保として提供することを依頼し、被控訴人がこれを証券代行に交付したものであって、被控訴人は「吉本興業株式会社」宛の預り証(甲第二号証)を作成し、藤森を通じてこれを大原に交付したこと、従って被控訴人としては本件顧客融資が表面上は藤森から、同人を借主とする形の依頼にもとづく処理がなされていても、その実体は吉本興業のために行われるものであり、担保株式も吉本興業から出ていることを十分認識していたこと、しかし右依頼を受けた被控訴人と貸主である証券代行との間では、藤森が前記融資口座により従来から取引していた顧客融資と全く同一の方式により、藤森の名義とその届出印を用いて、藤森を借主兼担保提供者とする顧客融資の手続が行われたこと、藤森はその後も右融資口座を用いて同人個人としての顧客融資をも受けていること、その前後を通じ、大原も個人として右口座を使用させて貰い、取引をしていること、藤森が右融資口座の開設を受けるに当り、証券代行に差入れた担保差入約定書(乙第六号証)によれば、藤森が証券代行に現在および将来差入れ、証券代行の通帳(乙第三号証の一ないし七の顧客貸付担保品通帳をさすと解される)及び帳簿に記載された一切の担保品につき、藤森の差入れる担保が、藤森の証券代行に対する現在および将来の一切の債務の共通の担保となる旨の約定がなされているのに、右通帳(乙第三号証の一ないし七)には、本件一七万株と二万五、〇〇〇株(合計一九万五、〇〇〇株)について、他の担保株券となんらかの区別を認めうるような記載が全くないこと、以上の事実が認められ、原審当審における控訴人本人の各供述中右認定に反する部分は措信するに足りず、他に右認定に反する証拠はない。そして、藤森の顧客融資口座の利用状況や利用事由が右認定のとおり吉本興業や大原の名義では早急な融資を受けるのが困難であったことにあるところよりすると、証券代行には、むしろ右認定のような内部事情や混合的利用の実態を秘して融資を受けたものと推測され、前認定の事実のうち証券代行との間に関する部分は、いずれもこの推測に副うものであって、この推測を覆えしうるような事情の存在、殊に被控訴人が証券代行に本件顧客融資の手続をとった際、あるいは増担保や藤森名義の口座残高を大原名義に移す手続をとった際に、本件顧客融資が吉本興業ないし大原の依頼にもとづき吉本興業のためになされるものであり、担保株券も吉本興業ないし大原から提供された旨を被控訴人が証券代行に説明した事実を認めうる証拠は存在しない。以上によると、本件顧客融資を含む藤森名義の融資契約は、貸主である証券代行との間の法律関係としては、形式上も実体上も、藤森を借主とし、担保提供者として成立したものとするほかはなく、その混入的部分に過ぎない本件融資が、証券代行との関係においても控訴人(ないしは吉本興業)が借主であり、担保提供者であって、藤森の名は単なる形式上の名称にすぎないとする控訴人の主張は理由がない。しかし、吉本興業、大原、藤森および被控訴人の間の内部関係においては、被控訴人は、本件融資五〇〇万円については、その実質的な借主、すなわち融資金を取得してこれを利用し、その返済のための出捐をなすべき者と、これが担保物件に該当する株式(但し、その具体的な変動の場合に、被控訴人がこの点の認識を有していた点を除く)について、その実質的な担保提供者、すなわち右藤森に担保株式を提供し、融資金返済のときに担保株式の返還を受けるべき者は、ともに吉本興業(大原はその代理人、なお吉本興業又は控訴人と担保株式の株主との間の内部関係は措く)であることを諒承していたものというべく、被控訴人は、内部的には実質的借主兼担保提供者である吉本興業から、証券代行との関係では藤森が借主となって融資を受ける本件顧客融資の担保および増担保として藤森の名義で証券代行に提供することの依頼を受けて、大原、藤森の手を介し、本件担保株式合計一九万五、〇〇〇株を預ったものと認めるのが相当である。

なお、控訴人は、被控訴人が証券代行の代理人であることを前提として、被控訴人において実質上の借主兼担保提供者が吉本興業ないし控訴人であることを知っていた以上、証券代行との間においても吉本興業ないし控訴人が借主兼担保提供者の地位にあったとも主張するが、後記認定のとおり、控訴人と証券代行との間に代理関係を認めることはできないから、右主張は採用できない。

三、控訴人は、顧客融資の手続一切が証券会社を通じて行なわれ、証券会社は顧客と証券代行の双方の代理人、受任者の立場にたつことからみて、顧客から顧客融資の委任を受けて担保株式を預った証券業者の受任者兼受寄者としての責任は、担保株券を証券代行に差入れて、融資金を顧客に交付しただけでは終了せず、融資金が返済され、担保株式が顧客の手に返還されるまで継続的に存在すると主張するのに対し、被控訴人は、証券会社は顧客と証券代行との間に伝達機関として介在するにとどまり、顧客から担保株式を預った証券会社の受寄者としての責任は、証券代行にこれを差入れることによって終了する旨抗争するので、この点について判断するに、証券代行が行なう顧客融資においては、証券会社が顧客に対するサービスとして、顧客の連帯保証人となるとともに、借受申込、担保品の返還等のすべての事実行為を顧客と証券代行との間に介在して行ない、貸主である証券代行は、借主である顧客との間で直接には取引の事実行為を行わない取扱いであること、および証券会社が顧客から融資期間に応じて融資金額に対し日歩一銭の取扱手数料を受領していることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を綜合すると、顧客融資は、証券代行のほか、大阪証券金融株式会社、大阪証券信用株式会社もほぼ同様の方法で行っている証券会社の顧客に対する融資制度の一つであって、大阪証券取引所の会員である証券会社の顧客に対して、当該証券会社との取引に必要な資金を供給することを目的とし、当該証券会社の連帯保証(根保証)のもとに、有価証券(主として株式)を担保として、継続的に、手形貸付あるいは手形割引の方法による融資を行うものであること、証券代行が取引上の事実行為のすべてを顧客との間で直接には行わず、証券会社を通じてのみ行うのは、顧客融資が証券会社の顧客に対し当該証券会社との取引に必要な資金を供給するものであるところから、融資の相手方を証券会社の顧客に限定し、証券会社をその連帯保証人とすることとあいまって、証券代行において、借主たる顧客の信用調査を自ら行なう負担を免れるとともに、取引行為を顧客と直接行なうことによって顧客との間に生じうる紛争を回避し、これらに伴う危険をむしろ証券会社に転嫁しようとするためであること、この結果、証券会社の連帯保証を受けられない者は、顧客融資を受けられず、顧客融資の相手方の選択は、事実上証券会社によって行われることになるが、それは融資の相手方が証券会社の顧客に限定され、かつ証券会社の連帯保証が融資の条件とされていることの結果として生じている現象にすぎないこと、基本取引契約は、顧客が、所定の手形取引約定書(乙第七、九、一〇号証と同一様式のもの)と担保差入約定書(乙第六、八、一一号証と同一様式のもの)に借主あるいは担保提供者本人として署名押印し、これを証券会社に提出しただけでは成立せず、証券会社がさらに連帯保証人として記名押印したうえ、証券代行に差入れ、証券代行がこれを了承して受領することによって成立し、個々の借入、返済およびこれらに伴う担保有価証券の提供、返還等も、顧客が融資を受けるために振出し、あるいは裏書をした手形に、証券会社が保証の意味で裏書をし、担保差入書(甲第八号証の三、六、七と同一様式のもの)あるいは担保品受取書(甲第八号証の二、四、五と同一様式のもの)にも、顧客の署名押印のほか、証券会社が保証人として記名押印し、これらの必要書類を証券会社が証券代行に交付し、これと引換えに、あるいはこれに副えて、証券会社と証券代行との間で金員ならびに担保証券の授受が行われたときにその効力を生じるのであって、その際に顧客貸付担保品通帳(乙第三号証の一ないし七と同一様式のもの)に証券代行が担保品の受入あるいは払渡を記帳すること、ならびに、顧客が一旦ある証券会社を通じて顧客融資を受けると、弁済、担保有価証券の受戻し、増担保の提供等のすべてにわたり、当該証券会社を通じて行わなければならないことになり、証券会社に対する顧客融資の斡旋依頼は、融資金の決済ならびに担保有価証券の受戻しに至るまでのすべての事項にわたり、証券代行あるいは顧客の指図にもとづき、その証券会社が必要な処理をなすべきことを当然の前提として含むものであること、以上の事実が認められ、反証はない。そして、右認定の事実によると、証券代行が証券会社である被控訴人に対して、顧客融資の基本取引契約の締結あるいは個々の貸付契約または弁済金の受領、担保有価証券の受領、保管、返還等について代理権を与えていたものとは到底みることができず、以上に、本件顧客融資の成立、担保、増担保の提供に関してさきに認定した諸事実を綜合すると、被控訴人が藤森の手を通じて吉本興業から本件一九万五、〇〇〇株を預ったのは、証券代行から藤森を借主として顧客融資を受け、その担保または増担保として、右株式を直ちに証券代行に交付するという事務の委任を受け、その事務を処理するためであったものというべく、被控訴人が保管することを専らの目的とする寄託契約が成立していたものとするのは困難であり、前示甲第一、二号証(ともに預り証)の記載もこの結論を左右するに足りるものではない。しかし、前認定の事実によると、吉本興業(尤も控訴人の主張では、委任者を控訴人個人であるとするが、この点の当否の判断は、しばらく措く)と被控訴人との間の右委任関係は、それが控訴人主張のように代理関係をともなうものであるか、被控訴人主張のように伝達機関としての事務処理にとどまる準委任関係であるかにかかわらず、被控訴人が本件顧客融資の融資金を吉本興業に交付し、本件担保株式一九万五、〇〇〇株をその担保または増担保として証券代行に交付することによって完全に終了するものではなく、吉本興業から弁済資金を提供して、弁済と担保株式の受戻しを求められたとき、あるいは担保株式の価格の変動により証券代行から増担保の提供を求められたり、逆に吉本興業から過剰となった担保株式の一部返還を求められたとき、その他本件顧客融資について、吉本興業あるいは証券代行からなんらかの指図、申入れ等を受けたときには、吉本興業のために善良な管理者の注意義務をもって適切な措置をとることはもとより、吉本興業と無関係の第三者が担保株式の返還を求めても、みだりにこれに応じて証券代行から担保株式の返還を受け、これを第三者に交付して吉本興業に損害を蒙らせたりすることのないように注意すべき委任契約上の義務を包含するものと認めるのが相当である。

四、被控訴人は、かりに本件担保株式を証券代行に差入れたのちにも、被控訴人になんらかの責任が残るとしても、控訴人主張の八万株については、すでに藤森に返還ずみであるから、被控訴人の責任は消滅したと主張するのに対し、控訴人は、藤森(控訴人は、本件において、重要な介在者である藤森の行為とその法律上の効果につき、何等特段に主張するところがない)への返還は控訴人との関係では株券返還としての効力をもちえないと抗争するので、この点について判断するに、まず、藤森名義の本件顧客融資の口座残高が大原名義に移されるより以前に、藤森が右八万株の返還を受けていたことは、前示のとおり当事者間に争いがなく、前示甲第八号証の二ないし七、乙第三号証の一ないし七と原審証人藤森正治の証言によると、藤森が本件顧客融資口座によって証券代行から融資を受けていた中には、本件担保株式一九万五、〇〇〇株のほかにも、吉本興業の株式三五、〇〇〇株を担保としたものがあり、藤森が右合計二三万株を証券代行に差入れ、あるいは返還を受けた経過は、被控訴人主張の別表記載のとおり(但し、番号3の返還年月日を昭和三六年二月一三日と訂正)であり、右二三万株のうち、昭和三五年一二月一三日に二万株、昭和三六年二月一三日に二万五、〇〇〇株、同年五月二二日に二万株、同年六月一二日に五万株の合計一一万五、〇〇〇株が藤森の手に返還され、前記八万株はこの一一万五、〇〇〇株の中に含まれていることが認められる。そこで、藤森に対する右株式返還の効果について検討するに、前認定のとおり、大原は、本件顧客融資よりも以前から、個人的に株式の売買を依頼したり、吉本興業のために融資の斡旋を受けるなどして、藤森と親しく交っていたこと、藤森は被控訴人の外務社員であっても、藤森名義の顧客融資口座との関係では、同人が被控訴人の顧客すなわち取引の相手方となるものであることはいうまでもないから、大原が藤森の顧客融資口座による融資を求めたことは、少くとも外形上は、元来相手方に立つべき被控訴人と右のような関係にある藤森を、積極的に自己の側即ち吉本興業のために(即ち被控訴人のためにではなく)利用することを、大原において充分諒解したものとみざるをえないこと、しかも前述したように、藤森の右融資口座は、前示乙第三号証の一ないし七および原審証人藤森正治の証言によると、本件顧客融資が行われた当時にも、藤森個人の融資残高が残っており、また本件顧客融資後にも同じ口座で藤森個人に対する顧客融資が行なわれているのであって、本件担保株式が藤森のこれらの個人的な顧客融資による債務についても共通の担保となることは前認定のとおりであること、被控訴人と大原との間の本件融資金五〇〇万円および担保株式合計一九万五、〇〇〇株の授受は、前認定のとおり、すべて一旦藤森に交付し、同人が相手方にさらに交付することによって行われ、大原と被控訴人との間で直接に行われたことはなく(従って、控訴人主張のような代理人大原の直接の行為は肯定できない)当審証人大原康正の証言によると、その後の担保株式の出し入れのうち昭和三六年五月一一日になされた一五万株の差替えは、吉本興業の都合により、証券代行に担保として提供中の株券のうち一五万株を別の吉本興業株式一五万株の株券と差替えたものであるが、このときも大原は藤森に依頼して、藤森との間で株券の授受を行ったのみで、被控訴人に対して直接に担保差替えの斡旋の依頼をしたり、株券の授受をしたものではなく、被控訴人に対する依頼や株券の授受は一切藤森にまかせて行わしめていたと認められること、原審証人藤森正治の証言によると、藤森の証券代行に対する届出印および顧客貸付担保品通帳(乙第三号証の一ないし七)は、同人の個人的な取引にも使用していた関係もあって、終始藤森が保管し、大原には引渡していなかったと認められること、以上の諸事情に、原審当審証人藤森正治、同大原康正の各証言の各一部ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、大原が本件顧客融資を藤森の名義で受けることができたのは、親交のあった藤森の個人的な好意に負うところが大きく、大原は本件顧客融資を受けるについて藤森を深く信頼し、取引形式としても、被控訴人の従業員としてではなく、その取引の相手方となる藤森に取引行為をまかせ、届出印、通帳等も藤森個人のものをそのまま利用して、その保管も藤森個人に委ねていたのであって、この状況を法的に評価するときは、藤森は被控訴人の外務社員として本件顧客融資に関与したというよりは、むしろ被控訴人との関係においては吉本興業の復代理人としてこれに関与していたと見るべきものであり、大原は藤森に対して本件顧客融資に関する包括的な復代理権を与えていた(吉本興業のために大原がかかる復任権を有することはさきに認定したところである)ものと認めるのが相当であり、この認定に反する原審当審証人大原康正、原審当審における控訴人本人の各供述は、前掲各証拠と対比してたやすく措信できないし、甲第一、二号証も藤森が代理人として関与したとの認定を妨げるものではなく、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。すると、藤森が被控訴人に依頼し、その関与のもとになされた前認定の担保株券の差替え、返還は、藤森が実質上の借主兼担保提供者である吉本興業の復代理人として、その代理権の範囲においてなしたものであって、それが、代理関係内の本人と目される吉本興業の意思に副うものであったかどうか、返還された株式が吉本興業あるいはその代理人である大原に引渡されたかどうかにかかわらず、吉本興業との間に有効にその効力を生じ(控訴人は、右返還、処分の有効性を対抗できないと主張するが、右主張は何等の根拠がなく採用に値しない)これによって返還の効力を生じた株式については、被控訴人は本件顧客融資に際して負担した委任契約上の事務をすべて履行し終ったものというべきである。

五、控訴人は、本件顧客融資の借主及び担保提供者を控訴人(個人)であると主張するものであるが、その当否を判断するまでもなく、上記説示によると、控訴人主張の八万株(その後額面変更により三万二、〇〇〇株となる)がなお担保提供者に返還されておらず、被控訴人が委任事務の履行を終っていないことを前提とする控訴人の請求は、理由がないこと明白であるから、その余の争点について判断するまでもなく、排斥を免れない。よって右請求を棄却した原判決は結論において相当であり、控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野達蔵 平田浩 裁判長裁判官宮川種一郎は転勤のため署名押印できない。裁判官 日野達蔵)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例